文武両道・失われた日本の心

いつの間にか忘れられた「日本の心」。古きよき時代の記憶を呼び戻す、愛書記・読書記。
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三島由紀夫の愛国心

 ネットサーフィン中に見つけた三島由紀夫氏割腹前後の記録。

三 島 由 紀 夫 割 腹 余 話
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三島由紀夫氏の辞世の句、気になって正確なところを調べてみると

  益荒男(ますらお)がたばさむ太刀の鞘鳴(さやな)りに
                   幾とせ耐へて今日の初霜


これが、正確な辞世の句で、小生の記憶では、いつの間にか「が」を「や」にしてしまっていた。

それに一部、漢字だったか、ひらがなだったかの違いが、「たばさむ」を「手挟む」としてしまっていたり・・・・。

そして、氏のもうひとつの辞世の句は、

   散るをいとふ世にも人にもさきがけて散るこそ花と吹く小夜嵐
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映画「憂國」フィルム発見  という読売新聞の記事!

三島由紀夫氏の自害・憤死の後、瑤子婦人の強い希望で全巻焼却処分されていたはずのフィルムが、自邸倉庫奥で発見されたという記事である。

読売新聞の第一面の中央で、映画「憂國」のワンカット写真入りでの、大きな報道。

氏が割腹予告をした映画だといわれる、いわくつきの白黒・無声のものである。

当時、観た記憶があるが・・・・・。

市谷の陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で行った割腹自害の折に残した、辞世の句が二つあったはずだが、いまでも、一つだけは、しっかり覚えている、つもり、であるが、書いてみよう。

  益荒男や 手挟む太刀の 鞘鳴りに
              幾年耐えて 今日の初霜 

(ますらおや たばさむたちの さやなりに いくとせたえて きょうのはつじも)

間違っていたら、慌てて訂正しなければならないが、しかしながら、今日まで、しっかりと覚えていたつもりで、無意識に改変していたということになるので、それが自分勝手な改変であるとしても、この三島由紀夫氏の辞世の句に、小生には小生なりの無念の思いがあってこそ、であるから、少なくとも故人は、許してくれることであろう。三島由紀夫全集 元版 (正字・正かな)
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最もふさわしいテンプレートに見とれて・・・(三島由紀夫)

8月4日(木曜日)になってしまった。

テンプレートにみとれてしまっって、ぼーとしていた。
あまりにも出来すぎではないか、と思うほど、ピッタリのものがサンプルの中に見つかったからである。

忘れかけていた戦後の作家、文武両道を最も重んじた「三島由紀夫」を思い出してしまった。
でも、いまだに三島由紀夫先生、と必ず「先生」を付けて敬意を表する人たちも多い作家であり、思想家であり、陽明学を信奉する行動家でもあった。

文弱という言葉を、最も嫌い、ひ弱な身体を鍛え抜いた行動派の作家である。
 
昭和45年、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地だったか、仲間の青年達と決起して、建物のベランダから演説したときに、なぜに、あのようなヤジを自衛隊の人々が投げつけたのか、いまだに不愉快でならない。

三島由紀夫氏の考え方に同調して言っているのでは、ない。

ノーベル賞級の大作家だった行動派の氏に対して、どうしてパフォーマンスと捉えて、拍手喝采してあげなかったのか、不思議でもあり、不愉快でもある。

結局、当時から、日本人には、ユーモアの精神に欠けるのである。

ちょっとね、思想的なことになると、深刻になり過ぎるか、「君子危うきに近寄らず」といった臆病な態度を取り過ぎる。

ユーモア、フモールと取って、笑い飛ばすという度量が欲しかったのだ。

きっと、三島由紀夫氏も、あの馬鹿笑いで、大喜びしたことであろう。
三島由紀夫全集(元版) 正字・正かな(旧漢字・旧かな)
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